研究・実践プロジェクト
【現在のプロジェクト】
生い立ちに困難を抱える子どもの心理的ケア/自立支援
児童養護施設や里親家庭など,社会的養護を要する子どもたち,虐待を始めとする児童期の逆境体験(Adverse childhood experiences :ACEs)を経験した子どもたちはトラウマやアタッチメントの問題など,子ども時代だけではなく,その後の育ちにも困難を抱えることになります。そうした子どもたちや若者に対する心理的ケアについての実践や研究に取り組みます。特にトラウマなどの問題の消去だけではなく,生活や教育とも連動して,彼らのwell beingに心理学がどう貢献できるのかについて探求していきます。
またこうした育ちのプロセスを考えるうえで自立,移行は大きな課題になります。すなわち児童養護施設や里親家庭で暮らす子どもたちはおおむね18歳を過ぎると公的なケアから離れ,自立していかなければなりません。これまでにも彼らに対する自立支援が行われてきましたが,そうした支援の多くは退所間際になって,スキルや知識を身につけさせるようなものが中心で,彼らがどのように生きていきたいかということについて十分に考える視点を取り入れてきませんでした。私たちは構成主義的キャリアカウンセリングや時間的展望療法の理論をもとにして,彼らが主体的に自立に取り組むことができるような自立支援の開発,実践に取り組んでいます。
関連資料
井出智博・片山由季編著(2018)子どもの未来を育む自立支援―生い立ちに困難を抱える子どもを支えるキャリア・カウンセリング・プロジェクト,岩崎学術出版社
・井出智博,村山正治(2008)児童養護施設児童に対する集団法によるClearing a Space適用の試み--児童養護施設心理職による実践とその効果についての実証的・事例的検討,心理臨床学研究 26(1) ,35-45.
・井出智博(2016)虐待を受けた児童を担任する際に教師はどのようなことに取り組むのか : 『シーラという子』の分析を通して,静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会・自然科学篇,67(67),59-73.
・井出智博,森岡真樹,八木孝憲(2015)静岡県における学校と児童養護施設の連携に関する調査研究,静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会・自然科学篇,65(66),27-42.
・井出智博,森岡真樹,後藤洋子(2014)不適切な養育を受けた子どもへの学習支援 : 学習支援者との関係性に焦点を当てた児童養護施設における実践についての検討,静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会・自然科学篇,65(65),49-64.
・井出智博(2005)「ほどよいがっかり」を求めたクライエントとの面接過程--思春期の心理療法,心理臨床研究,1(1),55-60.
・井出智博,蔵岡智子,高岸幸弘,野田眞紀,疋田忠寛(2004)生活場面を活かした心理治療 -情短施設における3年間の実践,心理治療と治療教育,15,80-92.
・井出智博(2021)社会的養護を要する子ども・若者への時間的展望療法(Time Perspective Therapy)適用の可能性と課題についての理論的検討,北海道大学大学院教育学研究院臨床心理発達相談室紀要 4,17-36
・井出智博(2021)社会的養護を経験した若者にとってのオンラインでのつながり,人間性心理学研究 39/1,37-44
・井出智博(2021)特別支援学級・支援学校に通う子どもを養育する里親は子どもの自立について何を考えているのか-テキストマイニングによる分析を通して-,子どもの虐待とネグレクト,23/1,91-98
・IFCAプロジェクトC, 原田理沙, 長瀬正子, 井出智博(2021)COVID-19感染拡大下の社会的養護経験者の実情と必要な支援 一当事者の声に基づいた提言一,福祉心理学研究 18/1,6-13
・井出智博(2019)成人前期の児童養護施設出身者におけるレジリエンスの保護・促進要因の探索 ―レジリエントへのインタビュー調査を通して,子どもの虐待とネグレクト 21/2,219-228
・井出智博,片山由季,森岡真樹(2019)児童養護施設における将来展望を育む自立支援についての実践研究,子どもの虐待とネグレクト 20/3,359-368
・井出智博(2017)児童養護施設で暮らす子どものレジリエンスの特徴,福祉心理学研究 14/1,44-53
社会的養護に内在する喪失とそれに伴う悲嘆
大切な人との別れ,喪失体験というと,死を伴う別れを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし私たちが経験する喪失の中には死を伴わない喪失もあります。
様々な理由で家族と一緒に暮らすことが難しい子どもたち,例えば里親家庭や施設などの社会的養護下で暮らす子どもたちは,保護されるという経験を通して,家族や住み慣れた環境,友人などとの別れを経験しています。これらは死を伴わない喪失と言えるでしょう。
こうした死を伴わない喪失は,死を伴う喪失よりも社会的に認知されづらく,認知されてもその影響が過少に評価されてしまうことがあります。しかし,実際にはいつまでに癒えない傷となり,彼らの暮らしや育ちに深刻なダメージを与えることにつながっていくのです。
また,この時里親や施設職員といった代替養育者も様々な形での喪失を経験していることを忘れるわけにはいきません。
このプロジェクトでは喪失を経験した子どもが正当にそのことを悲しみ,慰められ,乗り越えていけるような支援が提供されるよう,代替養育者や支援者,あるいは社会制度といった観点を含めて社会的養護に内在する喪失とそれに伴う悲嘆の影響を捉え,必要なケアの在り方について検討します。
参考資料
貧困の状況にある子どもへの心理支援
近年,子どもの貧困(貧困の状況にある子ども)の問題が社会的な関心を集めています。ところが,心理臨床の領域ではあまり積極的に貧困の状況にあるクライエントへの心理支援についての議論は行われてきませんでした。その背景には,クライエントの多くは貧困を主訴としてカウンセラーの前に現れるのではなく,様々な問題の背景に「貧困」が影響していることが多いという現状があると言われています。こうした中,クライエントの相談の中に「貧困」,すなわち現実的な困り感や貧困ゆえに経験されるスティグマの問題などが隠されていることに気付けるかどうかは心理支援者自身の”気づき”に大きく左右されることになります。
貧困の状況にあるクライエントに対して心理支援者には何ができるのか?という問いを立て,有効な支援の内容やそうした支援を行える支援者の育成について取り組みたいと考えています。
関連資料
心理臨床とアドボカシー
「心理臨床家は社会正義のために何ができるのか?」という問いのもと,社会的排除を経験した人たちに対して公認心理師や臨床心理士がどのような役割を果たすことができるのか,果たす必要があるのかということを探究し,日本の心理臨床におけるアドボカシーについての理論的,実践的検討を行います。
蔵岡智子, 井出智博, 草野智洋, 森川友子, 大賀一樹, 上野永子, 吉川麻衣子(2023)心理臨床領域における社会的公正とアドボカシーの視点 ―養成プログラムへの統合を見据えて―,東海大学文理融合学部紀要1,37-53.
Person Centered Approach
Person Centered Approachを基本としたセラピストの養成に取り組んでいます。特にProutyのpre-therapyやWarnerのdifficult process,Mearnsのrelational depthなどの概念を軸に,セラピーの適応が困難なクライエントへのアプローチについて探求しています。
関連資料
・井出智博,村山正治(2008)児童養護施設児童に対する集団法によるClearing a Space適用の試み--児童養護施設心理職による実践とその効果についての実証的・事例的検討,心理臨床学研究,26(1),35-45.
・TOMOHIRO IDE, TATSUYA HIRAI, SHOJI MURAYAMA(2007)「十分に機能するコミュニティ」への挑戦 ‐学校と家庭をつなぐスクールカウンセラーの役割‐,九州産業大学大学院臨床心理センター臨床心理学論集,2,109-116.
【過去のプロジェクト】
社会的養護における心理職の役割
児童養護施設や乳児院で活動する心理職の活用や活動内容についての調査研究を行います。また,里親制度の中で心理職がどのような役割を担うことができるのかということについても探求します。
関連資料
・井出智博 ,辻佳奈子(2014)機能していると評価される乳児院心理職の活動内容と活動展開過程,福祉心理学研究 11/1,48-58
・井出智博(2013)児童養護施設Competent Therapistは“生活の場”をどのように捉えているか,静岡大学教育学部研究報告(人文・社会・自然科学篇) 63/,43-54
・井出智博(2012)タイムスタディによる児童養護施設心理職の活動分析,静岡大学教育学部研究報告(人文・社会・自然科学篇) 62/,85-93
・井出智博(2010)児童養護施設で“個別面接を始める前に考えておくべきこと -心理職が活動を展開するためのシステム作りについての試論-,九州産業大学大学院臨床心理センター臨床心理学論集 5/,41-46
・井出智博(2012)児童養護施設における心理職の活用に関する調査研究. 乳児院編,2009年度~2011年度科学研究費補助金報告書
・井出智博(2012)児童養護施設における心理職の活用に関する調査研究. 児童養護施設編,2009年度~2011年度科学研究費補助金報告書
・井出智博(2010)児童養護施設・乳児院における心理職の活用に関するアンケート調査集計結果報告書,2009年度~2011年度科学研究費補助金報告書
学校における性の多様性
文科省は平成27年に「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通知を出し,学校において多様な性のあり様に配慮した教育相談活動をおこなうことを求めました。従来の男女二分性ではなく,多様な性のあり様を認め,すべての子どもたちが生活しやすい学校づくりを進めるためには,学校の教員を始め,スクールカウンセラー(SC)などの理解と支援が必要です。これまで特に養護教諭やSCにはどのような役割が期待されるのかについての調査を行ってきました。
性の多様性だけではなく,このテーマを通じて,様々な「多様性」に寛容な学校づくりについての実践,研究に取り組んでいきます。
関連資料
・鎌塚 優子 , 玉井 紀子 , 井出 智博 , 松尾 由希子 , 山元 薫 , 細川 知子(2020)養護教諭における性的マイノリティ児童生徒への対応の自信に関わる要因の検討:―小学校、中学校、高等学校の比較―,日本健康相談活動学会誌 15/1,41-51
・井出 智博 , 鎌塚 優子(2020)性の多様性に開かれた養護教諭による健康相談活動:―米国スクールナース、スクールカウンセラーの基本方針を参考に―,日本健康相談活動学会誌 15/1,20-23,
・井出 智博, 玉井 紀子, 鎌塚 優子, 山元 薫, 松尾 由希子, 細川 知子(2019)セクシュアルマイノリティ児童生徒へのスクールカウンセラーによる支援の現状と課題 : 肯定的カウンセリング効力感に注目して,静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会・自然科学篇 70/, 79-93
・ 山元薫,井出智博,松尾由希子,鎌塚優子,玉井紀子,細川知子(2019)特別支援学校における性的マイノリティ児童生徒への対応と性に関する指導の実情:静岡県の養護教諭への調査を通して,静岡大学教育実践総合センター紀要 29/,1-8
・井出 智博,松尾由希子,鎌塚優子,山元薫,玉井紀子,細川知子(2019)公立高等学校における性的マイノリティ生徒への対応の現状と課題 ‐静岡県の養護教諭への調査を通して‐,静岡⼤学教育学部研究報告(⼈⽂・社会・⾃然科学篇) 68/,71-88