発達障害と愛着障害の子どもにとっての「構造化」

保育所や幼稚園,学校の先生方の研修をやっていると「この子は発達障害だと思うんですよね」という話や「発達障害の○○くんの支援」というような話を耳にすることがよくあります。指示や指導がなかなか伝わらなかったり,すぐにお友達に暴力をふるってしまったり,反抗的だったり,立ち歩いてしまったり,人と上手に関わることができなかったり…  確かに話を聞くと発達障害のような特徴を持っている子どもであることがわかります。
けれど,その子の生い立ちのことを聞こうとすると,実は全くと言っていいほど把握していないことがあります。目の前で起きている大変さはわかるのですが,あまりにも目の前で起きていることだけで「発達障害」と判断してしまおうとするようです(これは残念ながら診断を出される医師にも言えることで,ほんとにこの人,子どもの生い立ちとか家庭での暮らしのこと把握して,何度か会ったうえで診断してんのかな?と思う方もいらっしゃいます)。

ところが,そうした子どもたちの生い立ちに目を向けてみると,幼少期から現在に至るまでいろいろな困難を経験していることも少なくありません。厳格過ぎるしつけを受けたり,父母ともにとても忙しく働いていたり,ご両親自身があまりコミュニケーションをとることがうまくなかったり,はっきりと虐待を経験していたり…
こうした子どもを理解したり,子どもの支援について考える時,目の前で起きている問題だけにとらわれるのではなく,この子のそれまでに目を向けてみることも必要になってきます。

アメリカの精神医学会が出している診断基準(DSM-5)を見てみると,Attachmentに問題を抱えた子どもたちに対する「愛着障害」の診断として「反応性アタッチメント障害」「脱抑制型対人交流障害」が示されています。保育士や幼稚園の先生,学校の先生にお話をする時にはかみ砕いて,「だれにも頼れない,頼ろうとしないタイプ(抑制型)」と「誰にでも頼る,その場その場で頼る人をころころ変えてしまうタイプ(脱抑制型)」と説明します。不適切な養育を経験した子どものすべてが愛着障害と診断されるというわけではないですが,不適切な養育を経験した子どもたちは程度の差はあってもこうした(愛着障害のような)傾向を持っていることが少なくありません。
脳科学の発展に伴って,虐待を受けた子どもの脳と発達障害の子どもの脳の機能には共通点があるということが明らかになってきました。大雑把に行ってしまえば,愛着障害の子どもの脳と発達障害の子どもの脳は似ているということだと思います。杉山登志郎先生は愛着障害の子どもを「第四の発達障害」と位置づけ,発達障害の子どもたちと同じように特別な支援を必要とする子どもとして理解し,支援することが必要であると指摘しています。



また,友田明美先生は,脳の分析を詳しく示しながら不適切な養育が脳に与える影響を説明してくださっています。
脳機能の問題とされてしまうと臨床心理学的なアプローチや教育的な支援ではだめなのか?と思ってしまうので,ちょっと抗いたくなる気持ちもありますが…



実際に愛着障害に関するDSM-5の診断基準には(脱抑制型の行動は)「ADHDのような衝動性では説明ができない」ことや(抑制型の特徴は)「自閉症スペクトラムとは異質のもの」であるという一文がついています。これは診断をする際に愛着障害と類似した発達障害を区別する必要があるよ、ということを示していると思います。

こうしたこともあって,愛着障害の講演をすると発達障害との関連や区別について尋ねられることが多くあります。
正直言うと,中学生くらいになると,目の前の行動が愛着障害なのか,発達障害なのかをはっきりと区別することは難しくなっていると感じます。ただ,自分自身の経験やいくつかの文献を参照してみるとやはりいくらかの違いもあると思われます。青木豊先生が整理されているものが分かりやすいので,それをもとに整理してみました。

【愛着障害(抑制型)とASD;自閉症スペクトラム】
1.成育歴におけるネグレクトの経験
→愛着障害;有,ASD;無
2.興味の限定・常同行動
→愛着障害;無,ASD;有
3.対人関係の可変性(場面や関係性によって対人関係の在り方に変化がみられる)
→愛着障害;有,ASD;無
4.重度の認知障害
→愛着障害;無,ASD;有

【愛着障害(脱抑制型)とAD/HD;注意欠陥/多動性障害】
1.成育歴における暴力への暴露
→愛着障害;有,AD/HD;無
2.不注意,多動性の現れ方
→愛着障害;対人関係場面,AD/HD;いずれも
*対人関係場面以外で衝動性の高い愛着障害の子どももいる(危険な行動,痛みに鈍感…)
*特に虐待者といるときにAD/HD様の行動が顕著に観察される
3.薬の効き方
→愛着障害;効果が表れにくい, AD/HD ;効果が表れやすい
4.挑発行動,試し行動,注目を引こうとする行動
→愛着障害;有,AD/HD;無

(『愛着障害と発達障害の違い (特集 愛着を結ぶ、深める)』青木豊,月刊地域保健 46(2), 12-17, 2015)

そしてもう1つ,先生方から尋ねられるのは,「じゃ,どのように支援したらいいの?」ということです。
そのことについて説明するために,いくつかの資料を作ったり,説明の仕方について考えてきたので,例えばこんな感じなのかなと思うものを紹介してみようと思います。


愛着障害の子どもと発達障害の子どもに対する「構造化」の力点の違い



不適切な養育を経験した子どもへの教育的な関わりのプロセス図


1つ目は発達障害の子にも愛着障害の子にも「構造化」は必要なのですが,発達障害の子どもへの「構造化」が認知面(周囲の刺激をどう統制するか)に重きが置かれるのに対して,愛着障害の子どもへの「構造化」は認知面に加えて,あるいは認知面よりも関係性の側面に重きが置かれるよ,ということを示しています。例えば,机の両脇につい立てを置いて視覚刺激を統制したり,日課を絵に描いて示して情報を視覚化して伝えたりすることなどが認知的な構造化です。それに対して,同じ人が同じ場所で安定した関係性(いつも同じような安定した感情で,やり取りの仕方で)のもとで関わるということが関係性の側面からの構造化です。

2つ目はイメージとしてはエリクソンの心理社会的危機になぞらえながら,学習者と学習支援者(教師)との関係を通して育ち直しの過程があるよということを示したものです。これは『シーラという子』という虐待を受けた子どもを担任した教師のノンフィクション小説の分析をもとにした私の研究からの知見ですが,その分析によると,虐待を受けた子どもを担任した時,教師は基本的な信頼を構築し,感情や行動のコントロールに取り組み,その後,自分でやってみること(自発性)ややってみた結果得られた達成感(コンピタンス)に焦点を当てることに取り組んでいくということが示されました。つまり、子どもの発達を遡りながら支援に取り組んでいるということです。

機会があればそれぞれについてもう少し詳しく書いてみたいと思いますが,虐待を受けた子どもの学習支援やそうした先生方のコンサルテーションに関わる機会のある方には参考にしていただければと思います。






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北海道大学大学院 教育学研究院 臨床心理学講座 福祉臨床心理学研究室