乳幼児精神保健学会@弘前

弘前で開催された「乳幼児精神保健学会」に参加しています。
この学会に参加するのは初めてです。




慶應医学部の渡辺久子先生が会長をされている学会で,以前から参加したいなぁと思っていましたが,今回,来賓講演にハーバード大学のMartin H. Teicher先生が来られ,福井大学医学部の友田明美先生も講演されるということだったので,参加してみました。Teicher先生は児童虐待の影響を脳科学の観点から捉える研究の第一人者です。友田先生はTeicher先生のもとに留学され,一緒に研究されていたそうです。友田先生は『いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳』(診断と治療社)という本を書かれています。

児童虐待が子どもたちの脳の発達に影響を与えるということは,杉山登志郎先生も『子ども虐待という第四の発達障害』(学習研究社)という本の中で述べておられますし,以前から指摘されてきたことでした。
確かに虐待を受けた子どもたちと関わっていると,ADHDやASDのような特徴を持った子どもたちに多く出会います。感覚的には一般の子どもたちに比べると多いなぁという感覚です。杉山先生や友田先生の本を読むと,「そうだよなぁ」と納得のいくところが多いです。

一方で,そうした本を読んでいると,疑問も感じます。それは,虐待を受けた子どもたちがみんなそうだ,というわけではないことです。信じがたいような虐待を経験してきたのに,ADHDやASDのような特徴を示さない子どもたちもいます。被虐待が脳に影響を与えるとすれば,彼らもダメージを受けていると考えるのが普通ですが,そうではない彼らの姿を見ると,「すべて脳科学で説明できるわけではないのではないか?」という疑問(と,臨床心理学者としての意地のようなもの)も湧いてきます。脳の発達に障害や問題があるけれど,症状化,行動化せずにいる子どもたちもいるのではないか?逆に,脳には異常が表われていないけれど,症状化,行動化している子どももいるのではないか?ということを考えてしまいます。

そうした疑問もあったし,一度,本を書いた人の話をきちんと聞いてみたいと思ったので足を運んでみました。
Teicher先生の講演は英語だったので,おそらくちゃんと理解できたのは6~7割くらいです。特に脳科学に関する専門用語はよくわからないところもありました。領域が違うと専門用語も異なってくるのでなかなか難しいです。それでも,今日の講演を聞いて学んだこと(再認識したこと)は,今の遺伝学や脳科学がepigenetics(エピジェネティクス)の考え方に乗っかっているんだということです。
従来,「遺伝か,環境か」の二者択一で考えられてきた決定因が,「遺伝も,環境も」という相互作用説,輻輳説が優勢となりました。その中でも相互作用説の考え方は,遺伝に環境が影響を与えて様々な特徴が発現するというものでしたが,epigeneticsでは,遺伝子と環境が相互作用し,その結果,特定の遺伝子のスイッチが入り(あるいは潜在的にその人の持っていたある特徴が)顕在化する。さらにそれが環境の影響を受けるというような考え方になるようです(あってるのかな?)。

つまり,単純に受けた虐待(環境)によって,何らかの問題が生じるということではなく,虐待によって特定の遺伝子のスイッチが入り,そこにさらに虐待が影響し,問題がより顕在化していくということなのでしょう…。基調講演では渡辺久子先生が,胎児期(やもっとそれ以前)の子どもへの環境因のお話もされていました。それは単に,たばこやお酒といったような要因ではなく,「風土」という言葉で表現されるような,文化や気質,価値観など感覚的なものとして表現されるものでした(「内臓感覚」という言葉も使われていました)。
脳の発達という1つの目に見える形に表れている「結果」も,単純に「虐待の結果そうなった」というよりも,もっと複雑なことなのかもしれません。Teicher先生も友田先生も,脳科学の分野から脳の発達に特異な部分が見られるという観察された結果については言及されていましたが,それが単純に虐待からの直線的な矢印によって起きているとは話しておられなかったように理解しました。むしろ,虐待は「スイッチ」のようなものだと捉えるといいのかもしれません。

ちょっと複雑なお話です。ただ,個人的にはすっきりと割り切れるお話よりも,信頼性があるなぁと感じました。

「人間だもの」

科学者がそういってしまってはいけないのかもしれませんが,やっぱり,人間って複雑なんです。
複雑なものを複雑なまま研究し,語ることができるようになれたらいいなと思いました。
それに,今,研究しているテーマの1つである「レジリエンス」について考えるとヒントももらえた時間になりました。

今回はちょっと難しい内容の記事になりました。
弘前城の横には文化財の建物を使ったスターバックスがあります。
ちょっとリフレッシュして帰りました。



友田先生,熊本の人だったようで,話を聴きながら懐かしい熊本弁のなまりを懐かしく聞いていました。
弘前の言葉は,よくわからなくて,アウェイ感を感じていたので…

ide LAB.

北海道大学大学院 教育学研究院 臨床心理学講座 福祉臨床心理学研究室