日本保育学会第70回大会のご報告と保育士養成についての云々

岡山県の川崎医療福祉大学で開催された日本保育学会第70回大会に参加してきました。
保育学会への参加は初めてでしたが,いろいろな事情もあり,自分たちの発表する時間帯くらいしか会場に滞在できませんでした。





今回の研究報告のテーマは『保育所における自然体験を中心に据えた保育の実態と効果について』でした。
以前にこのブログでも紹介した「平成27年度植山つる児童福祉研究奨励基金(研究A・自主研究)」の助成を受けた研究でした(http://blog.goo.ne.jp/idtomoro/e/476d24417f85a8ebfb06847f0997954f)。臨床心理士の八木先生との共同研究です。



研究としては2つの研究から構成されています。
1つ目は,どれくらいの保育所が自然体験を中心に据えた保育を行っていて,そうした保育所はどういうことを”めあて”として自然体験を保育の中に取り入れているのかを,保育所のホームページを分析することから検討しました。2つ目は,第一研究で明らかになった自然体験活動の”めあて”が,本当に効果がある取り組みとなっているのかを,幼少期の自然体験,通っていた保育所・幼稚園の方針,親の養育態度などとおとなになった時の心理的特性の関連を比較することで検討するというものでした。

調査の結果,若干の地域差はありますが,おおむね30%くらいの保育所で何らかの自然体験を取り入れた保育を行っていることをその園の1つの特徴として明示しており,そうした保育実践は以下の図のような”めあて”のために行われているということがわかりました。



さらに,そうした”めあて”が本当に自然体験を多く体験することによって達成される可能性があるのかということを検討した結果,例えば自然体験を推奨する園に通っていた人たちはおとなになった時に推奨する園に通っていなかった人たちよりもレジリエンスが高いということが示されました。また,園だけではなく,親の養育態度や幼少期の自然体験の量の影響も見られました。結論から言うと,保育所や幼稚園で自然体験活動を取り入れることで,その園が”めあて”として設定していることは確かに達成される可能性があるということが示されました。しかし,それは園だけではなく,家庭での体験や親の養育態度との関連の方が強いことも示唆されました。
もし,自然体験を推奨して保育活動を行う場合,園で子どもにどのように自然体験活動を提供するかということだけではなく,保護者が子どもと自然体験活動を行うためのサポートについても考えてみると良いのではないか?ということですね。


さて,先に書いたように,保育学会への参加は初めてでした。
どんな学会かな?と楽しみにして行きましたが,強く興味をひかれたのは物販のブースでした。
通常,学会にはいろいろな出版社が本の紹介を兼ねて簡易販売書を開設してくださるのですが,保育学会では書籍だけではなく,乳幼児のためのおもちゃや画材などいろいろなものが販売されていました。それぞれ,いろいろな保育活動の目的に沿うような形で作られていて,やってみると楽しいし,インテリアとして部屋に置いておいてもおしゃれに見えるようなものがたくさんでした。

研究発表に関しても他の学会と少し違うなという印象を受けました。
それは「研究発表」と言いながら,中身としては「研究発表」と「実践報告」が混在しているんだなということです。
私たちは「問題目的」「方法」「結果」「考察」という研究報告の流れに沿って論文を書いたり,発表をしたりします。もちろん,保育学会でもそうした報告もたくさんありました。一方で,「こんなことやっています」というような報告を行うものもたくさんあって,「ん?目的は?」「考察は…?」と見慣れた形式とは違う発表に戸惑いも感じました。おそらく保育現場の方たちは私たちのような「研究」の形式で書かれた発表を見て,逆のことを感じられているんだろうな,と思いました(「研究って数字ばっかりで,役に立たない」的な…)。

他の学会でもそうした実践報告を行う者もありますが,例えば「ポスター発表」と「パネル展示」という形で研究と報告は分けられていたりします。どちらが優れているというようなものではなく,それぞれ性質の違うものなので整理したらいいのに,と思いました。

実はこのあたりのことはずっと以前から感じてきたことでもありました。
(ここからはちょっと思い切ったことを書きます)
私は以前,保育士養成の短大で教員をしていましたが,保育士の養成に当たっている教員にも研究と報告を混同しているのかなと思うような教員がおられました。引用文献のないもの… wikipediaが引用文献のもの… 論文の形式で論が展開されないもの… 
そういうものを目にするたびに,この先生たちは何を土台に学生に授業をやっているんだろう?と疑問に思ったことを思い出します。
おそらく,ご自身の経験だとか,身近な(それもたぶん多くの場合,自分と関係が近い;要はお気に入りの)人の言っていることだとかをもとにお話をされていたのかな,と思います。もちろん,現場経験はとても大切なものなのでそれ自体に問題があるとは思いません(研究者が現場の感覚を忘れて研究の話ばかりしてしまうと実践と研究のかい離が起きてしまいます)。しかし,そうしたある種の,精神論,経験論だけで学生教育を行うことは大きな問題を残してしまうとも感じます。

これは保育学会の夜に知り合いの先生と話をしていたことですが,最近,保育士の待遇を向上させなければということが議論になっています。それは間違いなくそうです。短大の教員時代,学生たちに来る求人票の給与欄を見て,正直驚きました。「専門職」への対価とは言えないような金額でした。ただ,その「専門性」ということを考えた時,保育士養成は本当に「専門職養成」と言えるのかということは問い直す必要があると思うのです。その時に大切になってくるのは,精神論や経験論よりも,研究なのです。どうしても「保育士の待遇向上」という話が出てきたときに,「こういう専門性があるから」「こういう実践が必要だから」という話よりも,「今のままであんまりだ」「保育士がかわいそう」というような感情論で話を進めようとしているような気がしてしまうのです。
保育士自身も,自分たちの「専門性」について科学的な根拠を示すよりも,精神論や感情論で訴えるしか手段がありません。これが,保育士養成が精神論,経験論だけで行われてしまうことのリスクです。しかし,保育園の管理職の中にも,「下手に知識を持って就職してこられても,こちらの言うことをちゃんと聞かなくなるから困る」「知識なんかいいから,素直さだけでいい」というようなことを平気でおっしゃる方がいるのも事実です。「素直さ」はもちろん必要です。でも,それはあなたが思い通りに操作するための「素直さ」ではありませんよ。


保育士の待遇を向上させるためには,保育士養成に携わる教員の質を向上させる必要があります。
特に短大の経営はなかなか厳しいご時世なので,若い教員が期限付きで多くの授業を担当し,それ以外の時間は次の仕事にアプライするための書類を書いていて,研究ができないという状況があります(あ,これは保育に限ったことではないですね…)。

現場の方からすると「研究って難しいことばっかり書いて,現場の役には立たない」と思われるでしょうが,ぜひ,「この先生,ちゃんと研究やっているの?」という視点でその先生を見てほしいなと思います。その大学の紀要(研究報告)だけではなく,学会誌に投稿しているのか,学会で発表しているのかなど見てみてください(ちなみに,最近は大学の教員には研究することだけではなく,そうした業績を大学のHPなどにちゃんと載せなさいということまで求められます)。大学の教員が現場の保育士を育てるということもそうなんですが,実は現場の保育士が大学の教員を育てる,という側面も強いんですよね。

偉そうにしているばかりではなく,「ちゃんと研究やれ!」というお話でした。
(あ,誰かに向けて言っているのではなく,自戒も込めての一言です。誤解なきよう…)

ide LAB.

北海道大学大学院 教育学研究院 臨床心理学講座 福祉臨床心理学研究室