『極地での経験が人生に与える意味』

前任の静岡大学時代でご一緒させていただいていた村越真先生が研究代表者を務める『過酷な自然環境におけるリスクマネジメントの実践知の解明』(基盤研究B)に,研究分担者として参加させていただいています。


この研究課題のメインはその題目のように,極地におけるリスクマネジメントの実践知を解明するということで,村越先生のご専門である認知心理学などがベースにあり,私が専門にする臨床心理学とはちょっと領域が違います。でも「過酷な自然環境」ではないのですが,虐待や児童期の逆境体験など,また少し違った「過酷な環境」を経験してきた人たち,その中でもその「過酷な環境」を乗り越えてきた人たちの研究をしているという共通点もあり,私の視点から研究班の一員として研究に取り組ませていただいています。


昨日,研究班のミーティングがあり,私がこれから取り組む研究の構想を報告させてもらいました。

そのテーマは「極地での経験が人生に与える意味」です。

北海道に引っ越してきて,札幌の冬を乗り越えられるのか…?と不安でいっぱいになるくらいですから,想像しただけでも南極での暮らしは過酷だと思います。そうした南極での経験が及ぼす心理的影響については海外でぼちぼち研究が行われていて,いろんな問題が生じることが報告されているのですが,同時に肯定的な影響があることも報告されています。

例えば,南極に行った人たちはその時の経験を人生のpeak experienceだったと語っていたり,繰り返し南極観測に出かけていた人が「もう行けないよ」と言われるとひどく動揺したりするという報告があり,私からすると”あんな過酷なところ”なのですが,そこを目指す人にとってはとても大きな意味がある場所だったり,経験だったりするようなのです。


トラウマを経験した人たちの中には,それによって傷つき,苦しむけれども,その後,トラウマを経験する前よりも成長した姿を手に入れる人たちがいて,そうした現象をPost Traumatic Growth(PTG;心的外傷後成長)と呼んでいます。実は,極地探検にも同じような言葉があってPost Return Growth(PRG)というんだそうです。極地でえらい目にあったにもかかわらず(えらいめにあったからこそ),その後,成長した姿を手に入れるという事らしいのです。


実際にこの調査を始めるにはもう少し準備の作業が必要ですが,私からすると”あんな過酷な場所”での経験がその人に人生にどのような意味を与えているのかを教えてもらえると思うと,ワクワクします。

これもまた「福祉(=well-being,幸福)心理学」の研究なんです。



その関係で久しぶりに『宇宙兄弟』を読み漁りました。

実は南極のような極地での心理学的な研究は宇宙空間にも応用されていたりするので,共通点があるなぁと思いながら研究のヒントを探しました。

数ヶ月の間,雪に閉ざされた空間で過ごすことと,宇宙空間で過ごすことには共通するところがあるんでしょうね。


「なぜ,ヒビトは月面で死に直面する事故にあいながらも,まだ月を目指そうとするのか…」


マンガだから…? いやいや。多分,そうではないでしょう。

これもまた興味があるテーマです。


そしてミーティングでは同じく研究分担者である楠見孝先生(京都大学),中村正雄先生(大東文化大学)のお話を伺う機会もありました。

やっぱり畑は違うのですが,いろいろと話していると,だんだん共通点が見えてきたり,普段,なかなか目を向けない事を教えていただいたり,勉強になりました。



村越先生のHPには,「YOUは何しに南極へ?」というblogコーナーがあります。


昨年の夏には国立極地研究所の一般公開に行きました。今年はコロナの影響で中止になってしまったようですが,その代わり「おうちで極地」というサイトがオープンしています。覗いてみてはいかがでしょう?